青年が異界の夜市で買い戻したかったのは…幻想ホラーの名作「夜市」


怖い話系のネタに、時空がねじれ異界に迷い込むパターンがあります。自分たちが住む世界とは違う世界の存在は、心魅かれると同時に得体の知れない恐ろしさも感じる。

今回ご紹介する小説「夜市」は、異界の不思議さと怖さを幻想的に書いたホラー小説。自ら手放した大切なものを取り戻したい青年に誘われて、女性が異界の夜市に迷い込むお話です。非日常の世界に興味がある人は、読み出すと次第に物語の世界の没頭してしまうでしょう。

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「夜市」についての紹介

ご紹介する本作は第12回日本ホラー小説大賞を受賞しており、第134回の直木賞候補作にもなった文学界でも高い評価を受けている小説です。作者は恒川光太郎さんで「夜市」でデビューし、端正な筆致で良質な幻想小説を数々と生み出しています。

書籍は「風の古道」とセットで収録され、角川書店から2005年に出版されました。
「風の古道」も後ほどご紹介しますが、作品の完成度が高くおすすめの作品です。

「夜市」の語り手となる主人公は女子大生の「いずみ」で、高校時代の同級生である裕司という青年に今夜に公園で夜市が行われると誘われ一緒に行くことになる。

いずみが裕司と向かう夜市は異界で開かれるもので、妖怪や訳ありらしい人間が奇々怪々な品々を売っている。裕司は少年の頃に異界の夜市に迷い込んだことがあり、ある願いを叶えるために大切な存在を売ってしまった。

「夜市が今宵に開かれる。」

学校蝙蝠からそう教えてもらったとおかしなことを言う裕司を、いずみは疑わしく思うが…。公園の奥の森に行ってみると、裕司の言う通りに異界の夜市は開かれていた。

市の出店で売られているものは黄泉を流れる河原にあった石や、怪しげな効果を持つ薬など摩訶不思議な売り物ばかり。店を出しているのは妖怪でおなじみののっぺらぼうや、ずっと彷徨い続ける放浪者と人外の存在ばかり。

いずみが連れられてきた夜市は、本当に現世とは違う世界でした。この市に来てしまった者は、売るか買うか何らかの取引をしないと帰れない約束事になっています。裕司が夜市に来たのは、売ってしまった大切な存在を取り戻すため。裕司はその目的を果たそうと、全財産の72万を持ち買う取引をしに来たのです。

巻き込まれるような形で、いずみは彼の助けをすることになります。

兄が取り戻したかったのは弟

異界の夜市で少年の裕司が売ってしまったものは、自分の弟でした。裕司は野球の才能がどうしても欲しく、才能を得る代償に家族である弟を売ったのです。

望みが叶い裕司は野球部でエースの座をつかみますが、活躍する中でも弟を売ったという罪の意識に苛まれていました。弟と引き換えに得た才能は大切な存在が消えた重みに比べたら、価値もない虚しいものだったのでしょう。

裕司はずっと罪悪感に苦しみ続け、再び異界の夜市に行き弟を自分が買い戻そうと決意する。裕司はいずみの力を借りて自分と交換に、彼女に弟を用意した手持ちの72万で買ってもらおうと考えた。

いずみは彼と一緒に夜市に向かい、夜市を出る時は裕司と一緒ではありません。裕司が弟を取り戻すために払った代償はとても大きく、異界に向かうと心を決めた時点で彼は覚悟を決めていたのかもしれません。

夜市は本来なら楽しいお祭りのようなものですが、裕司といずみが参加する異界の夜市は静かで寂しげな雰囲気が漂います。

同時収録作「風の古道」も読んでみよう

「夜市」とセットになって収録されている「風の古道」も、異界の世界に触れられるホラーファンタジー作品です。不思議な道に迷い込んでしまった少年と、道を案内する存在「レン」の交流が書かれています。

この物語の主人公は迷い込んだ側の少年で、彼は7歳の時に不思議な道に入ってしまいました。その道は夜になるとお化けが出る怖い場所だそうで、知らない婦人から忠告を受けます。成長した少年は不思議な道へ関心を持ってしまい、今度は友だちを連れて入ってしまいます。

不思議な道は立ち入っては行けない場所であるのに、少年と友だちは足を踏み入れてしまう。少年たちは道で「レン」という青年と出会い、帰り道まで案内してもらうことなる。

「風の古道」はあの世とこの世が重なり合っているような特別な場所で、色々な謎が秘められています。世界の境目が曖昧な空間の描写が秀逸で、古道がどんなものか頭の中で自然に光景が広がります。

レンは古道から永遠に出ることができない定めの放浪者で、「夜市」にも似たような境遇の者が登場するので世界観が同じなのかもしれません。

おわりに

異界や非日常の世界が好きな人は、ぜひ「夜市」と「風の古道」を読んでみてください。架空の世界とは思えないよく練られた構成で、実際にある異なる世界を覗いている気になれます。ホラーファンタジーの才能ある書き手である恒川光太郎のデビュー作、手に取って決して損はありません。


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