平野夢明さんの紡ぐ江戸の闇に潜む怖いお話「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」


ホラーやミステリーの分野で近年高い評価を受けている作家・平野夢明さんは、実話怪談シリーズ「超怖い話」の編者としての経歴があります。

平野夢明さんが書く実話怪談は、現代が舞台で狂気・グロテスクな話が多いのですが、今回ご紹介したい本「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」は、作者が江戸時代の怪談をまとめた異色作となります。

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本の紹介

江戸時代の話を舞台にした怪談を得意とする作家に杉浦日向子さんという方がいるのですが、本作「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」は平野夢明さんが杉浦日向子さんの本に刺激を受けて出来た作品です。

現代の怪談を得意としている平野夢明さんが「昔風の怪談を?」と、「超怖い話」シリーズを読んでいるファンの方には不思議に感じるかもしれません。大江戸版の怪談話も器用なホラー作家の手にかかれば、昔風に変えた文体で江戸時代の雰囲気がありながら読みやすい内容になっています。

作品作りには江戸時代の文献を資料に使っていて、体験者は市井に住んでいる人々。彼らが日常の中で遭った怪異を軽快な語り口でまとめられています。

「超怖い話」シリーズや平野夢明さんの小説全般と比べてみると、「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」はエグい描写が少な目で精神的に安心して読めます。

怖い話というより「怪談」のタイトルが似合う

平野夢明さんの現代版怪奇体験談本のタイトルは「超怖い話」が入りますが、江戸版怪奇体験談本については「怪談」のタイトルがしっくりきます。いまの闇夜より夜の闇が濃く深かった江戸時代に起きた怪異は、「怪談」という言葉を使う方が味わいがありますよね。

昔話がベースなのでお話の長さは短いですが、人の細かい情感などが豊かで面白いです。
その場に流れる空気感なども短いお話の中に込められていて、読んだ後も物語の世界が頭の中に残ります。
奇妙で肝が冷える怪奇体験も昔話風の語りで書かれると、しっとりとした独特の雰囲気が感じられます。

現代版よりも話に毒は少ないですが、現代人には不思議に思える怪奇のネタが秘められていて違う魅力があります。後味が悪くない話もあるので、ほのぼのとした怪談が好きな人にもおすすめです。

「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」の話をちょっと紹介

怪奇話の原因となるものには人の心の闇が関わっていて、江戸時代の怪談にもそれが災禍の種になっています。人の狂気を怖い話の中に絡めるのが得意な平野夢明さんは、「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」でも人の心の恐ろしさをふんだんに盛り込んでいます。

二話ほどご紹介しましょう。

「髪賽銭」

顔に痘痕があるため嫁入り先が見つかりにくい娘は、良い縁談が来やすいよう箔をつけるためあるお屋敷に奉公に出ます。真面目で働き者の娘は徐々にお屋敷内の人間になじんでいきますが、奥方のお気に入りの地位の高い侍女に嫌われ孤立するようになりました。

娘が自分から辞めるよう惨い嫌がらせを続ける侍女には、娘と同じように顔に痘痕のある姉がいた。器量の悪くなったことを嘆かず前向きに振る舞う姉を嫌悪した侍女は、姉の髪を使い呪い殺した。なぜかそれを侍女は娘に語る。

娘が受ける嫌がらせは悪意を増す一方で、どうしても許せない仕打ちをされ娘は侍女を呪う決意をします。侍女から聞いた姉を呪った方法で。呪いを受けた侍女は髪に異変を生じ…。

「肉豆腐」

男は通りかかったある村で、陰惨な出来事に遭遇します。村人たちが気の触れた女性を、石で打っていたのです。女性は幾度も石で打たれたのか血まみれで、惨たらしい姿になっている。女性は呪術を使う巫女だったが男に身を汚され精神的に狂い、周囲に呪いをまき散らし村人から石で打たれていた。

その場に通りかかっただけの男にも呪いの累が及ぶ恐れがあるため、村人に男も女性を石で打つよう強制されます。男も女性を石で打つはめになりますが、すでに呪いは彼にも発動し…。

容姿による差別。理不尽な嫌悪。女性への男の身勝手な欲望。怪異が起きる大きな要因は、いつの世でも人の心の闇なのでしょう。

おわりに

「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」は暗闇で起こる怪異の恐怖を紡いだ作品です。平野夢明さん作品で目立つ猟奇描写もあまりないので、平野夢明さん作品の入り口として読むのにおすすめですよ。

続編として「大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚)」もあり、本作も一部再録されています。


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