教科書にも載っている名著!「形」をあらためて読む理由とは


子どもの頃に教科書で読んだ作品。
退屈な授業の中で妙にひきつけられた一作は、大人になっても忘れられないもの。
そういった経験のある人は、決して少なくないでしょう。

子どもの頃に読んだ思い出を噛みしめてみたいという気持ち。
そして、今あらためて読んだとき、いったい何を感じることができるのか。

読むタイミングによって、得られるものが変わっていくのもまた、読書の魅力。
同時に、文書に触れることの大切さを考えさせられます。

教科書に掲載される作品というのは、読書初心者の導入としては最適なものです。
さらに、読書家の人にとっても楽しめる内容なのも教科書掲載図書の素晴らしいところ。

本記事は、筆者が20年以上忘れられないでいる作品を紹介します。

読書には、いつだって新鮮な発見があります。
どっぷりつかって、自分の世界が広く深くなっていく様を、存分に味わってみてください。
好奇心で選んではいますが、同時に十分におすすめしたい作品です。

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「形」について

「形」は、言わずと知れた文豪菊池寛の短編小説。
中学校の国語教科書に、今なお掲載されています。

筆者が中学生だった頃にはすでに掲載されていました。
それだけ、本作の主題がいかに重要であるかがうかがえます。

イメージの力を、戦国武将になぞらえ、短い言葉で描ききった名作。
言葉では言い表せられない不思議な魔力が感じられます。

本作は、誰しもが絶対に通るべき一作だと思ってやみません。

なお、本作は文庫でも出ていますが、「教科書に載った小説」という本にも掲載されています。
この本は、クリエイティブディレクターで、大学教授としても有名な佐藤雅彦氏の編さん。
氏が記したあとがきが大変興味深いものであったため、こちらの本を紹介させていただきます。

「形」を今読むことで気づくこと

「形」という作品は、多角的にとらえることで様々なものが見えてきます。
何度読み返しても飽きが来ず、まるでスルメのような味わい深さ。

今回あらためて本作を読み返してみて、今だからこそ言葉にできることがありました。
ここでは、本作から得た新たな発見を紹介していきます。

これから本作を読み返すにあたり、参考となれば幸いです。

「形」の外的作用

読んだことのある方はご存知の通り、本作は中村新兵衛という武将が主人公です。
彼のまとう鎧兜には、戦場で圧倒的な存在感がありました。

彼の姿を見れば、敵兵は震えあがり戦意喪失。
自軍にとっては、これ以上ないほど頼もしい戦のシンボルでした。

真っ赤な陣羽織のいでたちは、新兵衛を象徴するもの。
彼は目立つ格好で活躍して見せ、「槍中村」の異名をとどろかせてきました。

人にはその人のイメージがあります。

言わずもがな、新兵衛のイメージは「派手な陣羽織と兜を着けた槍の名手」。
これらは密接な関係を有しています。

例えば、真っ赤な陣羽織なら新兵衛、新兵衛と言ったら槍使い。
対して、槍を使う武将と言えばあの兜姿、というとらえ方もできます。
このように、どの点からも連想が可能です。

出来上がったイメージは、その人を端的に表現する「記号」となります。
「記号」自体は、特段問題があるわけではありません。
ただ、広く認知された「記号」にほころびが一旦見えると、イメージは一気に崩れるのです。

例として、いつも無表情な人に話しかけてみたら、意外と気さくで面白い人だったような経験。
クラスの人気者なのに、影では同級生の悪口ばかり言っていた、というのも同様。

イメージはいとも簡単に壊れてしまいます。
そして、一度砕かれてしまったイメージを基に戻すことは非常に困難です。

新兵衛は、このイメージの力を自らの守備力としていました。
イメージを力とするためには、それだけの経験と実績の積み重ねが必要です。

戦場を駆け抜けるごとに、彼にのしかかる重圧は相当のものだったでしょう。
しかし、作り上げた「形」を失うわけにはいきません。
新兵衛の豪胆ぶりにはあらためて驚かされます。

その結果としてまとった「槍中村」のイメージ。
広範囲に広まったイメージは独り歩きし始め、様々な影響を与えていきます。
新兵衛の屈強さは良くも悪くも尾ひれが付き、次第に敵兵をおびえさせるまでに。
この見えない力を、新兵衛は最大限に活用していたのです。

新兵衛は、鎧兜に宿る力を理解していました。
彼がこれを「形」と表現したことが何よりの証拠といえます。

イメージというものは、勝手に周囲に影響を与えるもの。
そのイメージの根拠は自らの生きざまそのものであるということ。

これらを理解して、上手く活用していた新兵衛。
彼は戦国の世において大変稀有な存在だったといえます。

「形」の内的作用

イメージというものは、周囲に発信され、影響を与えます。
それとは逆に、イメージはその人自身にも大きな影響を与えるものです。

周囲からどういったイメージを持たれているのか、これを把握することは重要です。
イメージは「記号」だと、先の項目でも述べました。
自分のイメージを知っておくことで、自分自身をより深く分析することができます。

分析を深めれば、自身の長所や短所が浮き彫りに。
加えて、何を押し出していきたいのかという、今後の戦略にも活かされます。

ときには自己分析の結果として、イメージと実際がかけ離れていると感じる場合もあるでしょう。
自己評価以上に、高く評価されたイメージが備わっていた場合がよい例です。
このとき、人は実際がイメージに追いつくよう、努力を重ねます。

また、イメージはときに、自信の内側から噴き出すものでもあります。
こうなりたい、こう在りたいという願望、理想像と言ってもよいかもしれません。

自らが掲げた目標に向かい、人は努力します。
その結果が着実に実を結び、自己実現していくことこそが人の理想的な在り方です。

「なりたい」イメージを、「なれる」と思ってひた走る姿勢。
よいイメージを実現させるために、人は苦労を乗り越えていけるのです。

競技の本番前に、イメージトレーニングするアスリートがいます。
よい結果をイメージし、そのイメージに合わせるように本番に臨むのです。

すると、思った以上の結果が出ることも。
通常以上の力を発揮するために、イメージを持つことは重要だといえます。

新兵衛は、もとより武芸に秀でた武将。
それは並々ならぬ研さんのたま物です。

その腕はやがて方々に知れ渡り、鎧兜と共に「槍中村」のイメージを不動のものとします。

新兵衛は非常にストイックな人物。
出来上がった「形」に恥じぬ振る舞いを見せんと、腕により一層磨きをかけます。

新兵衛にとっての「形」とは、自身の誇りそのもの。
「形」そのもので在ろうと、その名に恥じぬ活躍を見せていきました。

このときの新兵衛に力を貸したのは、新兵衛の「形」。
人から見ても、自分としても「形」で在りたいという姿勢が、彼の背中を押し続けていたのです。

甲冑を若士(わかざむらい)に貸したときも同様。
いつもと違う黒い甲冑を身にまとって挑んだ戦場は、勝手が違いました。

普段のように槍を振るえない一方で、敵は鬼気迫る勢いでぶつかってきます。
彼には、この黒い甲冑に思い入れはありません。
ましてや、自己の理想像を見出すことなど考えられないこと。

勝手が違うと気づいたときには、彼は腹部を槍で貫かれていました。

イメージが人に与える影響ははかり知れません。
可愛がってきた若士のため、良かれと思って鎧兜を貸したことが、仇となったのです。

新兵衛が若士に問うた覚悟

初陣で新兵衛の甲冑一式を借りた若士。
彼は初めての戦場で、本来の力以上の活躍を見せました。

一方、いつもと異なる姿で戦に臨んだ新兵衛は討ち死に。
豪傑はあっさりとこの世を去ってしまいます。

ここで興味深いのは、新兵衛亡き後の松山の軍勢の行く末です。
本作のラストは、新兵衛の死を物語る描写で終わるため、作中では語られていません。
しかし、本作からは新兵衛亡き後をほのめかす描写が見られます。

ここから読み取れることこそが、本作最大の問いかけなのです。

広く聞こえた「槍中村」の死は、またたく間に知れ渡っていくことでしょう。
ここぞとばかりに、各勢力が松山に目を向けるかもしれません。

だが、緋色の陣羽織と唐冠の兜は、今も残されています。
そして、これらを身に着けるべきはもちろん、残された若士でしょう。

若士にとっては、この甲冑のおかげで実力以上の力を示すことができました。
しかし、彼にとっては次の戦こそが正念場です。

いくら同じ甲冑を身にまとう者がいても、それは中村新兵衛ではありません。
新兵衛の「形」は、とうに失われているのです。
若士が初陣で頼ることのできた力は、随分と心細くなってしまいました。

鎧一式を貸す前、新兵衛は若士にこう告げています。
「これらを借りるからには、私のような度胸や覚悟を持たねば容易には扱えないものだ」

この時点で、彼は「形」の重みを説いていました。
借りる以上は、この鎧兜に恥じない戦いをしなければなりません。
また、獅子奮迅の活躍をして、自陣を鼓舞する役割も果たす必要があります。

プレッシャーをはねのけ、「槍中村」たらねば、外見だけ同じでも意味がありません。
ボロがバレれば、「形」はたちまちに音を立てて崩れていってしまいます。

新兵衛亡き今、この鎧兜に新たな「形」を与えるには、初陣以上の継続した活躍が必要です。
その役割を担うのはもちろん、若士。

ここからは、自らの力だけで切り開かなければなりません。
戦場に映える緋色のいでたちは、敵陣をひるませることもありましょう。
だが、そんなものにいつまでも頼っているわけにはいきません。

戦乱の世、武人ならばいつ死んでもおかしくない時代です。
その中にあって、自分の生き写しとも呼べる甲冑を貸した新兵衛。
彼の行いには、育ての親としてのほかに、つきまとう死の覚悟があったと今では考えられます。

だからこそ、彼は若士に覚悟を問うたのです。
その覚悟とはすなわち、自らを高め続ける覚悟と、周囲に影響を与える覚悟のこと。

イメージがもたらす、あまりにも大きな力。
この力の危うさに警鐘を鳴らす本作は、現代人にも問いかけを与える傑作だといえます。

おわりに

今回紹介した「教科書に載った小説」は、教科書掲載作品を集めたものです。
覚えている限り、筆者が読んできた作品は「形」ともう一作ありました。

教科書掲載作品は、意外と覚えているものが多いです。
多感な時期に触れたせいか、記憶の中にいまだ鮮やかに残っているものも少なくありません。

編者の佐藤雅彦氏はあとがきを、「誰かが通過させたかった小説」と題しています。

「教科書に載った小説」で集められた作品たちは、鋭い視点のものばかり。
普段何気なく生きていると見失ってしまいそうな、それでいて重要な立ち位置を与えてくれます。

長らく学校の教科書に採用されている作品。
人生の過程の上で通るべきものであれば、教科書に載っても何らおかしくありません。

そして、机の上では読む気もしなかった作品たちは、今だからこそ読むべきだと言えます。
今回紹介した「形」のように、今なお学ぶべきものは多いのです。


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