【ネタバレあり】「墨攻」が描く中国戦国時代の異端児集団の守りを見よ


人間を様々なカテゴリで分類することは、よくあることです。
「攻めるタイプ」と「守るタイプ」に分けるのもその1つ。

さて、攻める方と守る方、いったいどちらが大変でしょうか。
筆者は、守る方が大変じゃないかと考えています。

守る側は、どこから攻めてこられるかを、いついかなるときも考えていなければなりません。
注意を常に全方向に張りめぐらす必要があるのです。

しかし、「守るタイプ」に属する人種もまた、たしかに存在します。

攻めることは決してせず、守れと言われれば守る。
あえて積極的に守りの側に回る選択。

今回紹介する「墨攻」は、墨子の教えを支持する者の戦いを描いたもの。
墨子の教えの1つに「墨守」と呼ばれるものがありますが、本書は「墨攻」。
あえて守るという、積極的な守備の姿勢が、タイトルに込められているのです。

「墨守」ではなく「墨攻」を、本記事で解説していきます。

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「墨攻」について

「墨攻」は、1991年に株式会社新潮社が発行した歴史的フィクション小説です。
現在、単行本のほか、新潮文庫と文春文庫で刊行されています。

「墨攻」は、本書を原作として漫画化や映画化も果たしました。

中国戦国時代にひしめきあった諸子百家のうち、墨家にフォーカスを当てた本書。

孔子や老子などといった者の名前は、おそらく聞いたことがあることでしょう。
彼らと同時代に生きたとされる墨子の教えを支持する者たちを、墨家と呼びます。
孔子などに比べると、かなりマイナーな思想家です。

墨家についての記録や文献は、他に比べ現存するものがほとんどありません。
研究対象として注目されはじめたのも、中国が清朝末期のころからです。
本書はフィクションではありますが、墨家を知るうえで大変参考になります。

そして、滅びかけの小国が、主人公の力を借り、猛攻をしのいでいく様は迫力満点。
弱者が強者に立ち向かう展開も、ページをめくるたびに力が入ります。

「墨攻」のあらすじ

紀元前5世紀、諸国が群雄割拠していた中国戦国時代のこと。

小国の「梁」は、隣の大国である「趙」に侵攻される寸前の状態。
梁王は、守りのスペシャリスト集団である墨子教団に救援を要請します。

依頼を受けた墨子教団は、一人の精鋭、革離(かくり)を梁に向かわせました。

門を叩くは、みすぼらしい恰好の革離ただ一人。
王や臣下たちは不安を隠しきれません。

しかしその後、革離は防衛のために国内のあらゆる資源を投入した総力戦を展開。
民衆を兵士に育て上げ、兵器を開発し、城壁や堀の建設を急ピッチで進めます。

こうして、来るべき戦のときを待つ革離たち。
相手は、猛将と名高い巷淹中(こうえんちゅう)。

はたして、革離たちは趙軍の城攻めに耐え抜くことができるのか。

「墨攻」の面白さ

「墨攻」の面白さは、なんといっても墨家の卓越した城塞防衛戦略。
革離が守りを固めていく様子は、まるで戦略シミュレーションゲームをプレイするかのよう。
いざ戦いが始まった後も、手ごわい敵の先を読み、出し抜いていく軍師ぶりは見ものです。

革離が縦横無尽に立ち回る姿にご注目ください。

革離の孤独な闘い

革離は、たった一人で梁の国に遣わされました。
ここから一人、小国を城塞に作り変えていく過程が、爽快に描かれています。

ボロボロだった彼の第一印象は、王たちにとってよいものではありませんでした。

しかし、彼は臆することなく、この国をどうしたいのかと王に問います。
そして、ぶっきらぼうなこの男は、そのためにすべきことをズバズバと説いていくのです。

革離については、軍師というより職人と呼ぶ方が適切でしょう。
何事もストレートにものを言い、卓越した技術を駆使して守りを固めていきます。
こうした強者にこびへつらわない姿勢も、彼の魅力のひとつです。

こうして、革離はたった一人で国を立て直すという大仕事に取り掛かります。
文字通りの孤軍奮闘が始まったのです。

彼は確かに、墨子教団の中でも特に精鋭と称されていました。
それでも、一人でできることには限界があるのも事実。

もともと、教団の指導者は梁の国への派遣をためらっていました。
今後の情勢を大局的に見れば、梁を救うことにメリットはなかったからです。

しかし、革離は自ら行くと言い、強引に梁に向かいます。
現指導者の考え方が、彼の美学とは相いれないものだったのです。

彼は寝る間も惜しんで働き続けました。
誰よりも働く彼の姿は、次第に家臣や民たちの心をつかんでいきます。
準備が整った頃には、彼らの革離に対する信頼は絶大なものとなっていました。

信じるものを貫き通し、誰に対しても等しく接する姿勢。
そして自ら誰よりも働いてみせ、行動と実績で信頼を得る職人気質。
革離のキャラクターからは、背中で語る男の、いぶし銀のかっこよさが見られます。

堅い守りは人が造る

墨子教団の墨者たちは、守りのプロフェッショナル。
「非攻」と「兼愛」の教えに基づき、生きるために守り抜くための技術を磨いてきました。

「非攻」とは、文字通り攻めないことで、侵略戦争を否定する考えのこと。
「兼愛」は、万人に対して開かれた(信頼や絆といった)愛の大切さを説いた教え。

ここから、守ってほしい者なら誰でも守る、という考え方が生まれていったのです。

墨者たちは築城技術に長けており、土木・建築技術のエキスパート。
また、城壁から石を落としたり矢を射るための機械装置や車両も作ることができます。
まさに、防御に特化した戦争のプロ集団。

実は、こうした大がかりな工事や工作技術だけではありません。
彼らは、「兵士を作る技術」も備えていました。

革離は最初に、兵士を5人一組のチームを作りました。
このチームを複数個集め、ユニットや部隊に組み上げ、臨機応変に対応させていきます。

そして、民衆たちの士気を高めるために、活躍した者には報酬を与えます。
逆に、仕事をなまけたりルールを破った者には、死をもって償わせました。

革離は、有言実行の人。
彼の行動により、民衆たちの中に、恐怖心と向上心という相反する感情が高まっていきました。
このアメとムチが功を奏し、機動力ある兵士組織が出来上がります。

命を削ってまで自分たちのために働いてくれる人。
強大なリーダーシップで引っ張ってくれる人。
良い働きをすれば必ず報いてくれる人。

王臣や民衆は心打たれ、革離に信頼を寄せていきました。
この強い信頼関係が、強固な組織を作り上げていく基礎となるのです。

守るための力とは、単に高い城壁や深い堀ではないということ。
城が立派でも、城内の人たちがバラバラに動いていては、あっという間に攻め落とされます。
大事なのは、組織的な行動がとれる、人々の結びつきの強さです。

モチベーションを高めつつ、恐怖心をあおるという、二方向からの心理コントロール。
墨者たちのマネジメント能力には、ただただ見とれるばかりです。

なにより、戦は城ではなく、人が肝心だという教訓。
奇想天外な戦略を仕掛けていくかと思いきや、人と組織の重要性を示す革離。
これにはいい意味で期待を裏切られました。
そして、このことは戦いに限らない一般的な内容だということに、ぜひ注目してください。

思わぬ伏兵

堅固な防衛体制を整えた革離たち。
そこに、ついに趙の巷淹中将軍が侵攻を始めます。

革離たちが用意した数々の仕掛けに、趙軍は思うように攻めることができません。
小国が大国を翻弄する構図は、なんとも痛快です。

思わぬ展開に、巷将軍はいったん手を止め、立て直しを図ることに。
戦場の英雄は相手の実力を認め、この戦は本気を出さなければ勝てないと悟りました。

兵を退いた際、趙軍は梁の兵を何人か捕らえ、捕虜としました。
そして尋問を行った結果、革離の存在と戦力や兵器のことを吐いてしまったのです。

内情が敵にもれたと知った革離は、しゃべった捕虜を全て斬殺します。
これは彼らに課された鉄の掟であり、当然の報いでした。

殺される者の中には、梁王の息子梁適(りょうてき)の愛人も含まれていました。
梁適は、女だけは殺さないでほしいとすがりつくも、革離は認めません。

革離の立場上、愛人だけ助ければ、他の連中に示しがつかないからです。
ここで信頼関係にほころびを作ってはいけないと、革離は心を鬼にします。

一方、背水の陣で最後の侵攻をかける巷将軍。
手薄なところを突かれたことを聞いた革離は、自らその場所に向かいます。

そのとき、彼の体を射抜く一本の矢。
矢を放ったのは、愛人を殺された恨みを持った梁適でした。

革離はそのままあっさりと死んでしまいます。

革離の死はまたたく間に城内に広がり、精神的支柱を失った梁軍は、たちまち内から崩れていきます。
趙軍はここから反撃を開始し、戦いは趙軍の勝利で終わりました。

どんな城壁でも兵器でもなく、内部の離反が勝負を決定づけたこの戦い。
それでも革離は、死にゆく中でなお、梁適を憎むことはしませんでした。
むしろ、セオリー通りにはうまくいかないと、自分の未熟さを噛みしめながら笑ってみせます。

劣勢をひっくり返していく梁軍にはワクワクが止まりませんでした。
そして、どこまでも墨子に身を捧げた彼の生きざまからは、さわやかな気持ちよさが感じられます。

この後、墨家は歴史上からこつ然と姿を消します。
墨家のミステリアスな幕切れもまた、読者の好奇心をくすぐり続けていくのです。

おわりに

戦国武将、武田信玄の有名な言葉に、「人は石垣、人は城~」というものがあります。

城主と家臣や民の間に信頼関係があれば、人は城のような堅い守りを見せる、という意味です。
これは、いざというとき家臣や民が守ってくれるように、人間関係の重要性を説いています。

墨家の守りの神髄もまた、この点にありました。
墨者たちは、約二千年前にはすでにこのことを説き、実践していたことになります。

現代社会においても、これは同じです。

どんなに立派なオフィスでも、組織が整っていなければ会社は回りません。
優秀な学歴やステータスを持っていても、人格がどうしようもなければ、人は離れていくばかり。

戦国の世でありながら、こうした教訓を説いてきた墨家。
そのあまりにも異質な教説が、諸国の王たちに求められなかったのは無理もありません。

一方で、彼らは的を得た指摘をしている、ともいえます。
王たちに必要だったのは、人とつながることで生み出される力こそが、国を強くするという真実。
墨子たちの先見の明に、ただただ驚かされました。

「墨攻」は、フィクションでありながら、墨子の思想が垣間見える貴重な一冊です。
本書はもちろん、映画版も漫画版もありますので、とっつきやすいものから入ることができます。
一風変わった歴史の一面を楽しんでみてください。

おまけに(墨攻 漫画版)

今回は小説版墨攻を紹介してきましたが、漫画版墨攻もあります。
興味を持った方はぜひチェックしてみて下さい。


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